おばあちゃんの葬儀

2015.10.03 Saturday

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    兵庫県川西市の祖母の告別式に行ってきた。
    まさかの片道5時間弱。
    朝5時過ぎに家を出た(^◇^;)

    祖母は享年98歳だった。大正6年生まれ。
    大正、昭和、平成と生きてきた。
    数えで99歳、と聞いて、惜しい!と思ったが100歳になるにはあと1年半くらいあったわけね。
    半分施設のような病院に10年入院していたし、ここ1、2年は認知症が進んでいて、自分の子供の事もわからなくなっていたが、
    4人の子供とその配偶者全員、7人の孫全員、孫配偶者何人かとひ孫(8人いるらしくその半分が)が来られて、気持ちよく晴れた日に送ってもらえるって、あっぱれではないか。

    親の死に目にも会えないと言われている種類の仕事の日に当たらなかった。
    ミュージカルの最中に、危ないかもと言われてヒヤヒヤしていた時期があったけど、いつからか、なんとなく
    『いや、おばあちゃんの事だから、私を含め、できるだけたくさんの人が来られる日を選んで逝くような気がする。』
    と思った。それをkurikuriに言ったら「すげー、文系な考え方」と言われた。
    彼は、文系か理系か自分がどちらかわからないと言っていたのが、最近ようやく、理系かもと思い始めたらしい。

    こういう予感って当たるのだよ。
    という類のものなんだけど(^◇^;)
    当たったやんか。

    父の妹(叔母)が、「ありがとう。おばあちゃんのおかげでみんなここにおられるねんで」
    と言いながら泣いたことに、もらい泣きした。
    叔母は常に優しく、一族に一人いてほしい、テキパキと動いている人で、70歳には見えない若々しさを保ち(シャンソンの先生だからか)かくありたいと思う女性である。
    「おられる」(いられる)とは存在している、ということ。
    その通りだ。兄弟姉妹と違って、親とはそういう位置にある。おばあちゃんがいないと父が生まれてなくてその子供である我ら孫たちも存在していない。


    初めて会う従兄弟のお嫁さん、何十年ぶりに会った従兄弟や義理の叔父叔母もいた。
    血が繋がってると言われてもピンと来ないけれど、お葬式って、一族に会う場なんだと思った。家族葬というのが初めてだった。参列者全員、血のつながりはなくても親戚関係というのがわかりやすい。

    私は、161センチ強の身長だというのに、女性陣の中でダントツ背が高く、1人だけ大女がいる感じだった。4、5センチのヒールの靴を履いていたとはいえ、親戚の集まりだというのに、なんか違う民族の中に来たみたいだった。
    どこからの遺伝子だ?これ?(^◇^;)

    ま、両親共文系なのに、kurikuriは理系のようだし、遺伝子の突然変異というか、ミックスによって混ぜたものでなく全く違うものが生まれたりするから生物は面白いのだろう。


    日帰りだったので、往復10時間、移動デーだったが、滞在時間も短かったし、楽器なくて身軽で楽だった。
    帰宅してから、ビール飲みながら楽器弾けたりする・・(あくまでも自主練習ね)

    ・・写真がないから最近のお弁当を・・

    あ、指、入れて撮っちゃった・・
    ・・割とパターン化している

    パプリカもプチトマトも鮭もないと色合い悪いね。

    ・・・戦後、4人の子供を育て上げて、今と違って給食もコンビニもその他気軽になんか買えなかった時代、おばあちゃんは私の何十倍大変な思いをして、お弁当を入れてきただろう・・


    おばあちゃん、ありがとう。
    長い人生、本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んでな〜。


    今日は猫の写真なくてごめんね。
    猫の写真がいっぱい載ってるTOKUさんのブログ
    にゃんにゃん猫にゃん
    ぜひご覧ください。

    〜お知らせ〜
    出演者の拠ない事情により、12/4のNyan-PEACEのチャリティーコンサートはやむなく延期となりましたが、日程が決まりました。
    来年、3/22(火)です。
    詳細を近々発表いたします〜。
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